上橋菜穂子の『鹿の王 水底の橋』である。
前作の『鹿の王』は先月、読んだばかりだった。
そうしたこともあり、続編の本作がこの4月に出たことを知り「読みたいなぁ」と…。
そんな風に思っていたところ、いつも行く図書館で偶然、目に入ったので速攻で借りる。
本作では前作で主人公を演じた戦士のヴァンは登場しない。
主人公は前作でも重要な役割を演じた滅亡したオタワル王国の貴人の血を引く天才的な医術士ホッサル。
ホッサルは助手であり恋人でもあるミラルと従者のマコウカンを連れ、真那(まな)という若い清心教医術士から重い病気の姪を診察するよう依頼され真那の故郷、安房那(あわな)の領都へ赴く。
安房那領はホッサルの修めるオタワル医術と確執のある清心教医術発祥の地でもあった。
ホッサル一行は真那の父でもある安房那領の領主から促され清心教医術の源流である花部(かべ)流医術が続くという秘境の地、花部へ向かう。
途中、事故にあい怪我を負ったホッサルは花部流医術で治療を受けながらが、花部流が清心教医術の源流であるにもかかわらず、医術に対する考え方が大きく異なることに驚く。
ホッサル一行が安房那の領都へ戻ると、そこでは「鳴きあわせ、詩あわせ」という盛大な行事が行われる準備が始まっていた。
次期皇帝候補や領主たちなどの有力者が集まり「鳴きあわせ、詩あわせ」が始まるや事件が起こる。
それは、次期皇帝が誰になるのかを決定づけるものであり、とりもなおさずホッサルたちオタワル医術の命運にもかかわるような出来事だった。
という風に、話はなかなか込み入っています。
東洋医学と西洋医学が違うようにオタワル医術とは異なるカルチャーの清心教医術。
対峙する二つの医術。
そして、帝国の祭事とも結びついた権威ある清心教医術の教えとは反するような治療を施す、清心教医術のルーツである花部流医術。
そこに見えるのは、多くの宗教などでいわれる原理主義と世俗主義との対立であり、まるでユダヤ教から派生したキリスト教やイスラム教の関係のようではありませんか。
宗教や思想は時がたち信者が増えるにつれ、様々な解釈が生まれ、元の思想のある部分が純化されていき、その源流となったものがやがて否定されるようになる。
そんな、宗教や思想の宿命のようなものを感じさせる。
物語はそうした医術士たちと王族たちのパワーゲームといった枠組みにホッサルと彼の恋人でもあるミラルの関係が色を添える。
本作も、前作の『鹿の王』同様、読み応えがあり、多くのことを考えさせる作品となっています。