百田尚樹『海賊とよばれた男』
百田尚樹『海賊とよばれた男』
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とりあえず、言い訳

著者のツイッター等での発言が度々、物議をかもしたり炎上したりしていることは知っているし、彼の思想や発言自体、賛成できない部分は多々ある。
そういう意味では新年の一冊目に読む本が百田尚樹というのも、どうかと思う…。
とはいえ、第10回本屋大賞を受賞してるし、また、出光佐三というこの小説のモデルとなった出光興産の創業者に対する興味もあって読んでみた。
それにしても、こんな風に、言い訳のような前置きをしないといけない作家と言うのも、どうかと思う。
でないと、著者のイデオロギーや思想の賛同者と思われても困るので…。

ノンフィクションではない

当作品は出光興産の創業者、出光佐三をモデルとしたフィクションでありノンフィクションではない。
この、ノンフィクションでないところは結構、この作品のキモでないかと思われる。
ということで主人公の名前は国岡鐡造であり、創業した会社の名前は国岡商店である。

もちろん描かれていることの多くは事実であると思われるが、事実と異なる部分も多々あるので実名は使えなかったのではないだろうか? と勘ぐってしまう。
だから、主人公の名前を出光佐三ではなく国岡鐡造。
つまり、出光佐三というカリスマの一面的な部分しか取り上げていないのではないだろうか?
そういう意味で、史実だと思って読むと、読み違える。

上巻は戦後、戦争によって大きな打撃を受けた国岡商店を再興させるといったストーリー。
下巻は日本経済の復興期に、セブンシスターズと言われる石油を独占する国際石油資本の目をかいくぐり、イギリス海軍に海上封鎖されたイランへ直接、タンカーを派遣し石油を日本へ輸入するといった「日章丸事件」をモデルとしたエピソードが中心に描かれる。

見方が一元的では…

作者がこの小説に重厚感や威厳を与えたいというのは感じるのだが、視座が一元的で、どうも陰翳に欠ける感じがする。
下巻のオビには「歴史経済小説の最高傑作」と元三井住友銀行頭取の西川善文氏のコメントがあるが、自分にはそうは思えない。
経済小説といえば城山三郎(古いか…)を思い起こすわけだが、やはり、城山三郎の経済小説と比べると格落ちといった感は否めない。
そして、やたら「国光商店の社員は人一倍働く」といった風な国岡商店の社員や店主の国岡鐡造を礼賛する表現が多く、このあたりが、どうも、もやもやする。
ゴマすり小説といった感すらしてしまう。
小説としては可もなく不可もなくといったところだろうか。
自分としては『永遠の0(ゼロ)』の方が、小説としてはよくできていたと思う。

このところ、出光興産も昭和シェル石油との合併問題で創業家とごたごたしているようだが、ちょっと、気になるところではある…。

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