馳星周(はせ せいしゅう)の『ゴールデン街コーリング』です。
作者の自伝的といってもいい、ちょっと緩めの青春小説。
まぁ、個性的な人達や街に揉まれて逞しくなっていく主人公の数年間を描いたほろ苦い物語といったところでしょうか。
サイドストーリーを盛り込みすぎて本筋の印象が薄くなってしまったのが残念。
いったい、どのぐらいの真実が本作では語られているのだろう?
物語の舞台となっているのは1980年代半ばの新宿。
ゴールデン街にある「マーロウ」はコメディアンの斉藤顕がで経営するバー。
主人公の坂本はそこでアルバイトとして働く本好きの大学生。
斉藤が日本冒険小説協会の会長でもあることから「マーロウ」にやってくる客にはミステリー作家や編集者といった客が多い。
場所がらのせいか、他の客もオカマや仕事を終えた水商売のお姉さんなど一癖もふた癖もある人物ばかり。
「マーロウ」の周りの店だって一癖ある店ばかりだ。
そしてゴールデン街で起こった殺人事件。
死んだのは坂本が親しくしているバーの常連客。
坂本は犯人を捜そうと動き出す。
そうした、本筋とは別に年上のお姉さんとのロマンスや『本の雑誌』でのライターデビューといったサイドストーリーが盛り込まれる。
コメディアンの斉藤顕が経営するバー「マーロウ」とあるが、モデルになっているのは明らかに内藤陳が経営していた「深夜プラスワン」というバー。
そこで働くアルバイト青年の坂本として登場するのが作者の馳星周である。
登場人物には『本の雑誌』の目黒考二といった実在の人物が登場したり、船戸与一や北方謙三の名前も現れる。
ほかにもゴールデン街の「まつだ」という店とママが登場するがモデルは「まえだ」という有名店のことだろう。
本作で描かれている時代のゴールデン街は、自分もちょっとだけ知っているのでストーリーを追うというより、当時の雰囲気の懐かしさを味わう気分で読み終えた。
新宿は大学とアパートのあいだにある街だったので毎日のように途中下車してぶらついていた。
おそらく新宿でもっとも通ったのは紀伊國屋書店。
飲むのも新宿が多かった。
当時は冒険小説ブームみたいなこともあってロバート・B・パーカーやクライブ・カッスラー、北方謙三あたりの小説は出せば売れるという具合だった。
そんなこともありコメディアンであり日本冒険小説協会会長の内藤陳が経営する「深夜プラスワン」は開店当初から有名だった。
もっとも、自分は気後れして行くことはなかったが…。
それでもゴールデン街や歌舞伎町はしょっちゅうぶらついていた。
「ゴールデン街はぼられる」、「ゴールデン街はおっかない」という話は当時もあったが幸運なことに自分はぼられたり、ヤクザに絡まれたりということは一度もなかった。
新宿という猥雑な街が放つ怪しいオーラの核となっているのが歌舞伎町からゴールデン街、花園神社を結ぶエリアなのだと思う。
いろんな伝説を聞いた。
作家の中上健次や映画監督の高橋伴明が喧嘩しまくっているとか…。
作家や映画、演劇、編集者やマスコミ志望の学生にとって、ゴールデン街はある意味、憧れの街でもあった。
もう20年ぐらい行ったことがないが、今はどんな様子なのだろう。