アルベール・カミュ『ペスト』
アルベール・カミュ『ペスト』
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アルベール・カミュの『ペスト』です。
翻訳は宮崎嶺雄。
「新潮文庫の100冊」という夏のキャンペーンに乗せられて「きょう、ママンが死んだ。」で知られる『異邦人』は高校生のころ読んだ。
カミュとかは、十代の頃に読むものだといった感覚が自分にはあったが、まさか、この年齢でカミュの『ペスト』を読むとは先週までは思わなかった。
手に取った理由には、もちろん、昨今の新型コロナウィルス感染症の世界的な蔓延といった社会状況がある。
本作は1947年に発表された小説だが、このところ、多くの新聞やメディアでも取り上げられているという。
まったく、本作を読んでみればここで描かれたことをトレースするような現実が見えつつある。

タイトルになっている“ペスト”という感染症は英語では「黒死病(Black Death)」といわれ、ペスト菌を持つ鼠などから蚤を媒介して人に感染したり、感染した人の飛沫や体液が口や鼻の粘膜や傷口から入り感染する。
感染すると2日~7日で発熱し治療が行われなかった場合、その致死率は60%から90%に達するといわれる。
古くから何度かユーラシア大陸を中心にペストの大流行が起きているが14世紀に起こったヨーロッパでの大流行ではヨーロッパの全人口の30%から60%が死亡し、イタリアやイングランドでは全滅した町すらあったという。

さて、本作である。
舞台は、フランスの植民地であるアルジェリアのオラン市。
オランはアルジェリア生まれのカミュが生涯のうち一時期を過ごした場所であり、イブ・サンローランもこの地の出身だという。
時代は194X年。
電気もあるし自動車も列車も飛行機もある時代である。
四月十六日の朝、主人公の医師、ベルナール・リウーは診察室から出たところで一匹の死んだ鼠につまづいた。
数日後、鼠の死体は町中で目立ち始める。
それは、オランにおけるペスト蔓延の始まりだった。
そして、町は封鎖される。

登場人物は、決して多くはない。
医師、父親が判事だということに罪悪感を持つ者、新聞記者、官吏、神父、犯罪者など。
物語は各々が各々の立場でどうペストという災厄に向き合うかということで構成される。

主人公のリウーはペストの蔓延を防ぐために戦い始める。
一方、新聞記者のランベールは封鎖された町を脱出しようと画策する。
官吏のグランやよそ者のタルーといった人物たちと行政とは異なるボランティアの保健隊を組織したリウーはランベールにいう。

「–––今度のことは、ヒロイズムなどと言う問題じゃないんです。これは誠実さの問題なんです。こんな考え方はあるいは笑われるかもしれませんが、しかしペストと戦う唯一の方法は、誠実さと言うことです」

ランベールはこうした会話をした翌日、ひとりで幸福になることに疑問を感じ自分も保健隊を手伝うようになってしまう。
いずれ、死者は増え、物が無くなり物価は上がり、人々は疑心暗鬼にかられる。
不安な中、人々は人の温かさを求めるが、感染を恐れるがゆえに人を遠ざけなければならないという矛盾に陥る。
貧しい家庭は逼迫するが裕福な家はさほど不自由することのない生活を送っている。

(ペストという災厄の)公平さによって、市民の間に平等性が強化されそうなものであったのに、エゴイズムの正常な作用によって、逆に、人々の心には不公平の感情がますます先鋭化されたのであった。

(このあたり、今の日本人にはよくわかる)

いよいよ人々は疲労困憊、思考停止に陥ってしまう。
リウーはタルーに心の平和に到達するための道はあるかと尋ねる。
タルーは「共感だ」と答える。
自分なり解釈するなら、それは弱者への共感なのだろう。
4月に発生したペストは年を越した頃にやっと終焉を迎える。
人々は歓喜に沸き、町は明るさを取り戻す。
しかし、幾人かの登場人物には不幸な事件が起きてしまう。

正直言って、ものすごく読みにくかった。
翻訳の日本語がよくないのか、それとも、原文の文章がよくないのか?
もっとも考えられるのは、自分の読書力が伴っていないということなのだが……。
また、舞台がキリスト教国で登場人物に神父などもいるがゆえに、内容に宗教的かつ形而上学的、観念的な部分もあり、それが、より難解にしている。
このあたり、本来なら、そうした形而上学的な内容に触れた方がよいような気もするが、収拾がつかなくなりそうなので割愛する。
不遜ではあるが、もう少し、かみ砕いて滑らかな文章にすれば新型コロナウィルス禍の最中である今の日本人にものすごく響く作品なるのになどと思ってしまった。

非常事態ともいえる社会では平時の時には見えてこなかった小さな価値観の違いやささいな意見の違いが顕在化し先鋭化してくる。
これは何も国家や民族といった大きなレベルの事だけではなく、学校や職場あるいは友人たち同士といった小さなコミュニティーの中でも起きてくるだろう。
こうしたとき大切なのはやはり共感力や寛容なのかもしれない。
いずれにしても、毎日、新型コロナウィルスのニュースがトップを飾る今の日本人には理解することの多い、あるいは、他人事とは思えないような作品である。

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