名作の誉れ高いグレアム・グリーンの『ヒューマン・ファクター』である。
翻訳は加賀山卓朗。
11月の雨のハイドパークのように静かな小説だ(行ったことないけど)。
ジョン・ル・カレのスパイ小説も静かだが、それの兄貴分といったところか。
スパイ小説には違いないが、派手なアクションも手に汗握るスリルも、ほとんどない。
イギリスの純文学を読んでいるような印象。
そういう意味ではイアン・フレミングの007シリーズからは対極にあるようなスパイ小説である。
あるのは格調の高い文章と静かなサスペンスだろうか?
グレアム・グリーンといえば映画にもなった『第三の男』のイメージがあるので、第二次世界大戦前後を描いた、もっとクラシックな感じかと思ったが、そういう訳でもなかった。
舞台は冷戦下の英国。
おそらく、時代は1960年代半ばぐらいの話だろう。
イギリスの諜報部の中にロシアと通じている、二重スパイがいることが発覚する。
二重スパイが誰なのか突き止めようとする幹部たち。
一方、諜報部に勤める主人公のカッスルは友人で同僚のデイヴィスが嫌疑をかけられ、不審な亡くなり方をしたことをきっかけに、これまでの生き方を変えてしまう…。
解説は池上冬樹が書いていて、小林信彦や結城昌治、遠藤周作といった作家達がこの作品を絶賛する言葉を引用している。
確か、藤沢周平もこの作品を絶賛していたと記憶している。
しかし、自分はこの作品が傑作かと聞かれれば「何ともいえない」と答えるだろう。
傑作だと思えば、そんな風にも思える。
よく酒飲みの達人は「日本酒は塩で飲むのが一番うまい」なんて、いったりするが、この小説もそれと同じような次元にあるのではないだろうか。
マティーニがあって撃ち合いがあってスピード感のある面白いスパイ小説や冒険小説を読みたいという人には、あまりおススメできないのは間違いない。
どんな人間でも、ある局面に立たされたらダメもとでも一矢報いようとすることを、このタイトルは教えてくれる。
ちなみに、冒頭で登場するモルティーザーが気になって、どんなお菓子なのか調べてしまった。