『シャンタラム』グレゴリー・デイヴィッド・ロバーツ
グレゴリー・デイヴィッド・ロバーツ『シャンタラム』を読む。
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シャンタラム - 人生を変える一冊に値する

グレゴリー・デイヴィッド・ロバーツの『シャンタラム』である。
翻訳は田口俊樹。
今年、読んだベストワンかもしれない。
いやいや、今年読んだどころか、これまでの人生の中で読んだ本のなかでも屈指の傑作である。
まったく、たいした小説があったものである。
少々、お金はかかるが、一読をオススメする。
いや、ホントに! ぜひ!

タイトルの『シャンタラム』とはマラーティー語で「神の平和のひと」という意味だという。
マラーティー語とは、インド西部のマハーラーシュートラ州の公用語で州都は物語の舞台となるムンバイ。
昔はボンベイといわれていた都市だ。

上巻の序盤ぐらいまでは、その濃密で反芻しないといけないような奥深い文章に最後まで読めるか不安だったが中盤を越えたあたりからページをめくる手が止まらなくなった。
上中下、三巻、トータル1800ページを越えるの大作だが、一つのアイディアで大きく展開していくような小説ではない。
細かなエピソードが紡がれ、積み重なって大きな物語になっている。
きっと、ジャンルとしては冒険小説といえるのだろう。
しかし、普通のミステリーや冒険活劇とは一線を画している。
冒険小説と言い切ってしまうには、その枠組みに収まらないものが沢山ありすぎる。
というのも、インドの人々の暮らし、文化、哲学、魂を詳細に描いた旅行記とも読めるし、主人公の心象風景や哲学が濃厚に吐露されていて、作者の経歴と重ね合わせると私小説としても読めそうなのだ。

カオスの真っ只中で生きる

主人公はオーストラリアの刑務所を脱獄しインドのボンベイに流れつく。
そして、そこで出会った友人、女たち、マフィアの首領たちと濃密な関係を築きながら、スラム街で医者のようなことをやったり、刑務所に投獄されたり、戦争中のアフガニスタンに物資を運んだり、うまくいきそうでいかないような? 恋人との関係があったり……etcと壮絶で波乱万丈な日々を送る。
一言でいうなら、主人公のそうした経験を通じて決して器用に生きることのできない男の生き様を描いた物語と言うことができる。

文章も格調高く街のディテールや人々の生活がいきいきと描かれていて、まるでボンベイの熱気や湿度、スパイスやジャスミンの芳香、ゴミや糞尿の悪臭、街の喧騒、スラムで遊ぶ子ども達の歓声、刑務所で看守に殴られる痛み、インド洋から吹き込む涼風、そうしたものが五感で感じられるようだ。
また登場人物たちによる会話の中に時々現れるストーリーに関係ない、いちいち哲学的でメタフィジカルなやりとりはこの小説に宇宙的な彩を与えている。
刑務所のディテールや獄中の囚人たちのメンタリティなどが克明に描かれているのは、著者の経験によるところが大きいのだろう。

主人公の体験を地でいく作者

作者のプロフィールを見るとオーストラリアで家庭の崩壊を機にヘロイン中毒になりカネ欲しさに武装強盗を働き、投獄され服役中に脱走。
ボンベイに渡ってスラムで無資格の診療所を開設。
その後、ボンベイのマフィアと行動をともにしアフガニスタン・ゲリラにも従軍。
薬物密輸で、再逮捕され残った刑期を務め上げるとある。
まさに、主人公を地でいく経験である。

上巻の帯の惹句に「世界のバックパッカーとセレブを虜にした聖典!」とあるがセレブはともかくとして、バックパッカーを虜にしたというのはわかるような気がする。
そうした意味では、この物語を読み進めていると作者なり主人公なりの自分探しの旅に付き合っているような気分になってしまうのだ。
決してハッピーエンドでないエピローグ、そして、これからもボンベイで生き続けるであろう主人公の未来を思うと「人生って、そういうものかもしれないなぁ」と言いしれない無常感を覚えてしまうのは私だけだろうか?
いくつになっても、迷ってばかりの自分には、ある意味、癒される一冊だった。

蛇足ながら2009年にアカデミー賞作品賞をはじめ監督賞などを受賞した『スラムドッグ$ミリオネア』という映画にはボンベイのスラムの様子が生き生きと描かれている。

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