『横道世之介』吉田修一
吉田修一『横道世之介』
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吉田修一の『横道世之介』です。
なんか、笑えて泣けました。
読み終えて、思い出されるのは2001年の1月に山手線の新大久保駅で実際に起きた痛ましい人身事故。
泥酔した男性がプラットホームから転落。
落ちた男性を救助しようとして、線路に飛び降りた日本人カメラマンと韓国人留学生が進入してきた電車にはねられ三人とも亡くなった。
その時のカメラマンが本作の主人公、世之介のモデルになっています。
とはいえ、実際に亡くなったカメラマンをノンフィクションのように描いたものではありません。

物語は主人公の世之介が東京の大学に入学し、田舎の長崎から出てきたばかりの初日から始まる。
このあたり、なんか自分の学生時代と重なるところが多い。
バブル時代の世相やディテールが、細かく描かれ懐かしい。
主人公の年齢も自分とそう、変わらないせいか、ああ、わかるわかるといった感じ。
とはいえ、世之介と違い、さすがにサンバサークルに入らないぐらいの分別はあった。
やはり、同じ小市民とはいえ小説の主人公は本当の小市民とは違うのだ。

全体を通じて描かれているのは、緩い主人公の緩い大学生活。
世之介に絡む、人たちもユニーク。
なかでも、世之介の恋人になる祥子ちゃんは、よいキャラクターしている。
確かに、そんな浮世離れした女の子もいたなぁと。
ありふれた、普通の生活の中にも様々なドラマがあるですねぇ。

世之介は韓国人留学生のキム君と線路に飛び降りて亡くなってしまうわけですが、本作では世之介たちが亡くなるシーンは描かれていない。
本作を読むとイザというときにヒロイックな行動をとってしまうのは、特別な人たちばかりではないことを教えてくれる。
そういう意味では、その逆に、誰もが、ささやかなことで悪人になってしまう可能性すらもあるのかもしれない。

久しぶりに、よい、青春小説を読んだという感じ。
自分にとっては宮本輝の『青が散る』や曽野綾子の『太郎物語』、山田太一の『ふぞろいの林檎たち』辺りの系譜に連なる記憶に残る作品となった。


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