司馬遼太郎の『空海の風景』である。
司馬の作品は大好きだが、この作品は、正直、とっつきにくい印象があり、なかなか手をだせずにいた。
しかし、いざ読んでみるとぐいぐいと引き込まれるように読んでしまった。
空海は真言宗の開祖であり、天台宗を起こした最澄と共に奈良仏教から平安仏教へとの流れをつくったとされる僧侶である。
彼は774年、四国の讃岐に地方の役人の子として生まれる。
幼いときから利発な子どもとして名をはせ、十八歳のころには京都の大学寮で学ぶ。
大学寮とは律令制時代における官僚を育成するための教育機関のことだ。
しかし大学寮で学ぶ内容に飽き足らずドロップアウトし出家する。
私度僧という、「自称僧侶」のような身分となった空海は室戸岬の岩礁で修行を行う。
ここで、空海は開眼したといわれる。
そして、二十四歳のときに遣唐使の留学僧として唐に渡る。
その時の使節一行には、後に天台宗の開祖となる最澄や三筆として知られる橘逸勢(たちばなのはやなり)がいた。
一行は、唐に渡るも海賊に間違えられるというトラブルでが待ち構えていたが空海の活躍で、無事に乗り越える。
一般には弘法大師として親しまれているお坊さんだが、自分のような関東以北の人間には真言宗の檀家さん以外は実のところあまりなじみがない。
それでも、山形県庄内地方の温海温泉は弘法大師が発見したとか、西川町では錫杖で地面を着いたら水が湧いたという伝説などもあるようだ。
讃岐で生まれたということもあり、四国や高野山のある紀伊半島ではお大師様と言われ篤く信仰されている。
彼の生涯を司馬史観ともいわれる目で辿った物語。
空海と同時代に生き天台宗を起こした最澄と比較し描くことで空海の鋭さがより印象に残る作品となった。
これまで密教というものがどういうものかわからなかったが、この作品を読むことで密教の輪郭ともいえるものが感じ取ることができたような気がする。
司馬は空海のことを日本という島国のスケールに収まらない思想家であり本当の天才だったといっている。