藤沢周平の傑作、『用心棒日月抄』である。
お盆の休日、本当は違う小説を読んでいたのだが、目に留まった本書をパラパラ捲っていたらやめられなくなってしまった。
数年ぶりではあるが、これで、三度目の再読である。
案の定、こうなることは分かっていた。
自分にとっては池波正太郎の『剣客商売』に並ぶかっぱえびせん本である。
主人公の青江又八郎は東北の小藩で馬廻り役を務めている。
又八郎は自藩で蠢く陰謀を偶然、知ることになり許嫁の父親に相談するも、いきなり切りかかってきたため、やむを得ず返り討ちにし殺害してしまう。
そして、そのまま脱藩。
江戸へと遁走する。
時代は五代将軍綱吉の頃。
浪人となり食い扶持のない又八郎は口入屋の吉蔵から、用心棒などの仕事を紹介してもらって糊口をしのいでいる。
このあたり、よろず仕事承りますの看板を掲げて長屋暮らしをする『よろずや平四郎活人剣』にも似ている。
国元で企てられる陰謀の黒幕から仕向けられた追手に命を狙われながらも、市井の人々に溶け込むように暮らす又八郎。
一方で又八郎の請け負った仕事には赤穂浪士の影がちらつくようになる。
いや-、やっぱり面白い。
仕事を紹介してくれる口入屋の相模屋吉蔵、友人の細谷源太夫をはじめ、各々の物語に登場する江戸の市井の人たちのキャラクターがいきいきしている。
そして、毎度のことながら、いつ読んでも心地よい文章である。
過不足のない柔らかな文章でホント、名人業だと思う。
『用心棒日月抄』シリーズはそもそも、『用心棒日月抄』、『孤剣』、『刺客』『凶刃』の4作から成る。
各作品とも数編の短編からなる連作集なので、ちょっとした時間に読むのに都合がイイ。
という訳で、これからシリーズ次作の『孤剣』を読むことになるだろう…。
ところで、読み終えて、ふと思ったのだが、どのような事情があったしても、実の父親を殺害した相手に恋心を抱きながら思い続けることってできるのだろうか?
又八郎の許嫁である由亀の心情を思うと、その胸中なかなか複雑なものがあるのではなかろうか?