『遺訓』佐藤賢一
佐藤賢一『遺訓』を読む
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佐藤賢一の『遺訓』である。
著者によって2010年に書かれた『新微組』という幕末の庄内藩を描いた小説の続編ともいえる作品。
タイトルを見れば、いやでも『南洲翁遺訓』という、明治時代に元庄内藩士が西郷隆盛の言葉や教えをまとめた書物が思い浮かぶ。
なぜ、戊辰戦争では幕府側であり敗者だった庄内藩の侍たちが、敵の領袖である西郷隆盛の教えを書物にまとめたのだろう?
一般には、江戸の摩藩邸焼き討ち事件等の当事者である庄内藩は、戊辰戦争後、薩長から相当、厳しい処罰を受けることを覚悟していたが、西郷隆盛の指示により予想より軽い処置で終わったことに感銘を受けたことが発端になり、以後、庄内の侍たちと西郷との交流が始まり、西南の役後、西郷の言葉や教えを庄内藩、元家老の菅実秀等が中心となってまとめたとされる。

さて、本書である。
時代は明治七年。
主人公は著者の『新徴組』にも登場した元新徴組隊士、沖田林太郎の息子、沖田芳次郎。
新選組の沖田総司の甥にあたる。
芳次郎は戊辰の役後、松が丘開墾場という殖産施設の社員として鶴岡にいた。
ある雪の夜、芳次郎は新政府の密偵たちと刀を交えることになる。
大久保利通を中心とした新政府は下野した、西郷隆盛と庄内藩が連携することを恐れ庄内の動向を探っていたのだ。
一方、台湾に漂着した宮古島島民が殺害された事に端を発した台湾事件が勃発。
台湾事件の処置をめぐり旧庄内藩の家老で、鬼玄番と言われた酒井玄番は政府から清の内情を探索するよう密命を受けて清へ渡る。
そして、芳次郎も酒井玄番の護衛として清へ渡ることになる…。
物語は明治六年政変以降から西南戦争、大久保利通の暗殺までが描かれる。

巻末に書かれた参考資料や文献は多いが、司馬遼太郎や吉村昭あたりと同じようなアプローチの歴史小説だと思って読むと、見誤ることが多いように思う。
うぶな歴女など(失礼…)は、この小説で描かれたことを史実と思ってしまうのでないだろうか?
このあたり、ちょっと、罪な小説だなぁと思う
史実が軸にはなっているが、脚色しすぎというか演出過多といった感じは否めない。
著者は本作の舞台にもなっている鶴岡市在住。
そうしたせいもあるせいか、「庄内藩イコール正義」といったバイアスがかかってしまうのは仕方のないところか。
歴史小説というよりは、エンターテイメントとして読んだほうがよいだろう。

個人的には、西南の役後に庄内藩士達が『南洲翁遺訓』をまとめることになった経緯などに、もう少し、スポットを当てて欲しかったかな。
それにしても黒船来航から日露戦争終了ぐらいまで、たかだか50年である。
この間に、歴史に残る大きな事件が数えきれないほど起こった。
このスピード感はおそろしいね。

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