高橋義夫『さむらい道』
高橋義夫『さむらい道』
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高橋義夫の『さむらい道』である。
『さむらい道』と書いて「さむらいみち」と読ませる。
本作は戦国時代から江戸時代初期まで、主に山形県の村山地方を治めた(後に庄内など日本海側も領地となる)出羽山形藩の初代藩主、最上義光の生涯を描いた歴史小説である。
『山形新聞』の2015年7月11日から2016年12月31日まで掲載された。
ちなみに最上義光はモガミヨシアキと読ませヨシミツではない。

義光は山形市の中心にあり市民の憩いの場となっている霞城公園という城址公園で銅像にもなっている。
そういう意味では山形県、中でも内陸の村山地方に住むひとたちにしてみれば「おらが殿様」といったところである。
しかし、その実像は地元の人にもあまり知られていないのではないだろうか。
実のところ、自分もあまり、よくわからない。

昔、NHKの大河ドラマ『独眼竜政宗』という伊達政宗を描いたドラマでは政宗の伯父である最上義光を原田芳雄が演じた。
その時の、義光は陰湿な謀略家といったような描き方だったように思う。
そうしたことも手伝ってか、一般的に、義光には、どうしてもヒールなイメージがつきまとう。
最近では、地元の郷土史家たちによる、義光の悪役のイメージを払拭しようとする動きもあるらしい。
本作にも、そうした義光の悪役のイメージを覆すようなニュアンスを感じる。

物語は義光が十六歳の時に高湯(蔵王温泉)で盗賊のような野武士の集団から襲われ、返り討ちにするところから始まる。
その後、父親である義守との確執、そして近在の武将と小競り合いを繰り返すという話が続く。
これが長い…。
上巻は、そうした近隣の一族をまとめることに費やされる。
それにしても、最上一族はまとまらないのだねぇ。
血縁内での諍いが多すぎる。

下巻は一転、ドラマティックなシーンが多くなる。
義光は目の上のタンコブだった谷地城の城主、白鳥十郎(しろとりじゅうろう)を排除し、領地をまとめていく。
白鳥十郎は一般的に、最上義光の仮病による病気見舞いで山形城に赴き、そこで謀殺されたとされているが、本書では部下たちの小競り合いからアクシデントとが発生し殺害されてしまったような描き方になっている。
さて、真実はどうなのだろう?
奥羽では伊達政宗との対立。
秀吉による小田原征伐への参加。
次男の義親(よしちか)を家康へ、そして駒姫を豊臣秀頼の側室に差し出す。
こうして、秀吉や家康といった西の大名に巻き込まれ戦国時代の大きな歴史の流れに呑まれていく。
最後に迎える、直江兼続との長谷堂城の戦い。

読み終えはしたが、正直、読み難かった。
史実にできるだけ近く、かつ、義光のヒールなイメージを払拭しようとしたせいもあるためか、もう一つ物語の輪郭が定まらないという印象を持った。
これは、まぁ、歴史がそうなのだから仕方がないところかもしれない。
全体に史実にとらわれてしまい、物語としての彫り込み方が浅くなってしまったような気がする。
(そう書いておきながら、本作が、どのくらい史実に忠実なのか分からないのだが…)
もう一歩、最上義光に迫ったものを期待していたが、なかなか迫り切れなかったかなと…。
上巻で描かれた内容を半分にして下巻で描かれた駒姫の事件や慶長出羽合戦をもう少し膨らませてもよかったと思う。

セリフの多くは山形弁で、地元の地名も数多く登場する。
このことは、山形に住む者にとってはセリフの持つニュアンスや土地の距離感からディテールをイメージしやすいのだが、山形に縁のない方々にとっては全体をイメージするのに苦労するかもしれない。
最上義光を知るための本としては、格好の小説だし、山形、なかでも村山地方在住の人たちには、ぜひ、読んで欲しい一冊である。
ただ、この小説を読んだだけでは義光を評価はできないかな。
結局、謀略家といっても、敵と味方どちらの視点でみるかで、その評価や位置付けは百八十度、違うものになる。
これは、なにも義光に限ったものではない。
歴史は勝者によってつくられる。
そんなわけで、もう少し、ほかの本を読んだり史跡を訪ねたりしてみようと思った。

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