デイヴィッド・ゴードン『二流小説家』
デイヴィッド・ゴードン『二流小説家』
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デイヴィッド・ゴードンの『二流小説家』である。
2012年の「このミステリーがすごい! 」(宝島社)、「ミステリが読みたい! 」(早川書房)、「週刊文春ミステリーベスト10」(文藝春秋)で1位になったことや、日本では上川隆也が主演で映画化されたこともあり、ずっと気にはなっていたのだが、近所の図書館に出掛けたら、たまたま置いてあったので、この連休を利用して読むことにする。

ちなみにハヤカワ・ポケットミステリーを読むのは久しぶりなんだけど「なんでこのシリーズは天地と小口を黄色に染めているのだろう?」と思ってネットで調べてみた。
すると公式の見解は見つからなかったが、アメリカのペーパーバックみたいなデザインにしたかったのだろうという意見が載っていた。
「なるほどねぇ」とは思ったが予想通りの答えで、それ以上でもそれ以下でもなく、ちょっと拍子抜け。

閑話休題。
さて、本書である。
主人公による一人称の語り口は軽いのだが、主人公自身の心理模写が濃厚なせいだろうか軽いようで重い。
ハンニバル・レクターやリンカーン・ライム・シリーズ的な雰囲気もあるが緻密さにおいては、これらに少しばかり負けている。

主人公はポルノやSFを書いて糊口をしのいでいる売れない中年作家。
その彼に連続猟奇殺人で刑務所に服役中で死刑間近の犯人から自分の告白本を書いてくれという手紙が舞い込む…。
そして、そのことに端を発し事件が起こりはじめる。
最初は、少々、読み難かったが第二部ぐらいまで読むと、だんだんリズムがよくなってくる。
トラップの陰にはもう一つのトラップが…といった筋立ては、よく考えられていると思う。
それにしても小説の中に挿入された、劇中劇のような主人公のホラーやミステリー小説はなくてもよかったのではないだろうか?
その結末もハッピーな人がいなく、読後もモヤモヤした感じが残る感じ。

主人公のビジネスパートナーと称する女子高生のクレアがキュートでかわいいのが救い。
読み終えたあとで感じたのだが、弁護士の母親が死刑囚の自分の息子の再審請求を通すために同じような猟奇殺人を働いたとするなら、このタイミングで殺人を犯す必要はなかったのではないだろうか?
息子を救うためなら、もっと、以前に行動をおこしても不思議ではない。

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