門田隆将の『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』である。
福島の原発事故関連の本は他にもいくつか読んでみたが、吉田所長を始め、事故当時、原発で働いていた人間たちにスポットライトを当てたノンフィクションは他には、あまりないのではなかろうか?
当時、彼らは危機的な状況でも現場に残り、事故の収束に向けて尽力したことから海外からは「フクシマフィフティー」という名で賞賛された。
しかし、その実態はあまり伝えられなかった。
このノンフィクションは、当時現場を統括した吉田所長を始め、最前線で働いた人たちが何を考え行動したかを描いたものである。
本書は3.11の事故から、およそ1年半後に発行された。
事件や事故を描いたノンフィクションは発行のタイミングも大切だが、この巨大事故の真実を短い時間でまとめるのは、規模の大きさや情報の多さからいって、かなり、むずかしい作業だったのではないだろうか?
故にか、事故のスケールに比してページ数も少なく内容も散漫な印象を受ける。
それでも、本書から読み取れるものはたくさんある。
例えば、事故を収束するために後々、重要になる原発冷却のための給水ラインを現場の作業員たちは危険を顧みず事故当日のうちに作り上げている。
この給水ラインができなければ原発事故の収束は、今よりひどく困難なものになり日本という国が福島や関東、北陸、東北の一部の人間が住めない地域が発生することで三分割される可能性すらあったという。
現場のプロというものは今、何が必要で何をすべきなのかということを最も理解している人たちなのだ。
また最終章では原発の作業中に津波に襲われて亡くなったという一人の若い作業員のことに、だいぶページ数を割いている。
おそらく、事故当初、逃げたという不名誉な噂を立てられた本人や、取材した彼のご両親に報いるためにも、真面目で将来を嘱望された若者も亡くなっているのだということを象徴的に取り上げたのだろうが、彼一人を取り上げたことに、やや唐突な印象を覚えた。
亡くなった彼はもちろんだが、本書で取り上げられなかった現場の一人ひとりに様々な葛藤があり、ドラマがあったであろう事は容易に推察できる。
本書は原子力発電の良し悪しや東京電力そして一部政治家の責任論的な立場でなく、当時、関係者がどう動いたかを中心に据えている。
そのため、この本を読んで原発や福島原発事故に関する様々な問題を体系的に知ることはできない。
しかし、福島原発事故の一つの側面を知りためには手に取りやすい一冊である。
残念なことに当時、事故の収束のために尽力された吉田所長は、昨年、食道癌のため亡くなってしまった。
心からご冥福をお祈りするとともに感謝を捧げたい。