『雪の鉄樹』遠田潤子
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ミステリーなのか、人間ドラマなのか?

遠田潤子の『雪の鉄樹』です。
帯の「本の雑誌が選ぶ2016年度文庫ベストテン第1位」という惹句にそそられて、暮れの30日に購入し正月の間に読み終える。
ミステリーなのか、人間ドラマなのか、何ともいえないところだが、主人公の贖罪を描いた物語といっていいのだろう。

ところどころで瑕疵は感じるのだが、作者の上手さで一気に読んでしまった。
そういう意味では、楽しめる小説である。

ただ全体に主人公の心情を描き過ぎてる感があって、そのあたりが自分としてはもう一つというところである。
余白の少ない感じとでもいうのだろうか。
しかし、そうしたところが女流作家らしい作品だと思った。

複雑な家庭の登場人物が多すぎ

主人公の雅雪は32歳の腕のいい庭師。
しかし、日常、女を連れ込む祖父や父がいる「たらしの家」といわれるような家庭で育ったことで、心的な障害を抱えている。

庭師という地味な職業(庭師の方、スミマセン)が主人公というのもなかなか珍しい。
作中の冒頭で登場した“釣忍(つりしのぶ)”なんて言葉を初めて目にし、思わず辞書を引いてしまった。
“釣忍”とは苔で作った玉や井桁の細工物にシノブというシダを植え込み、風鈴などを取り付けたもので、軒下に吊るし涼を楽しむ。
なかなか風流なものがあるのだね。

雅雪は古くからのなじみの客から、ある空き家の仕事を紹介される。
その空き家は雅雪にとって、因縁の家だった。
思い起こされる過去にあった事件とその記憶。
そして、その事件がもとに、今も続く、被害者となった若者との関係。
それにしても複雑な家庭に育った登場人物が多すぎる。

いろいろあるが落涙必至

読み進めるうちに、主人公の贖罪のための行動は、やはり、独りよがりなものではないかと思った。
なんとも、歯がゆいというか、もどかしいというか。
罪滅ぼしのための行動といっても、もっと、違うかたちがあるだろうに。
原田という友人の鍼灸師が雅雪に「あんたの罪滅ぼしはまちがっている」と意見をする、シーンがあるが、もっともだと思った。
が、しかし、である。
中盤から後半にかけて面倒をみている少年が主人公に心を開いてくるあたりになると、そうしたもどかしさも気にならなくなった。

いろいろと物語の流れにところどころ瑕疵を感じる箇所はある。
例えば、全身ずぶぬれになりながら松の枯葉の火で雅雪は大やけどを負うといったあたり。
そして、舞台となる「扇の家」と呼ばれる家を、永井という老人が購入し物語後半、その物件が事故物件と判明するが、不動産会社を介するなら普通、最初に事故物件のことは伝えられたはずである。

とはいえ、終盤はそうした瑕疵も気にならなくなるような怒涛の展開で、作者の上手さを感じる。
このエンディングには、救われる。
落涙必至である。

タイトルの鉄樹とは蘇鉄(そてつ)のことだとか。
ヤシの木のような、南国っぽい枝ぶりの木である。
ちなみに小学館の大辞泉には「鉄樹」では掲載はなかった。
蘇鉄の項目を調べてみると「名は枯れかかったときに鉄釘を打ち込むとよみがえるのに由来」とある。

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