ドン・ウインズロウ『サトリ』
ドン・ウインズロウ『サトリ』
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ドン・ウィンズロウの『サトリ』である。
現在、ミステリー界では高い人気、実力を持つ作家の作品である。
以前、読んだ『犬の力』は麻薬マフィアと取締官の生き様を描いた傑作だったが、本作はそれとはだいぶ雰囲気が異なる。

これには理由があって『サトリ』は他人の作家が書いた作品をなぞるように描かれた小説のためだ。
この作品は今は亡きトレヴェニアンという作家の傑作冒険小説『シブミ』へのオマージュとも言える作品で『シブミ』に登場する主人公、ニコライ・ヘルが諜報の世界へ足を踏み入れる過程と、彼が与えられた最初のミッションを、気鋭の作家が本家本元の作家に代わって描いたものである。

最近、イアン・フレミングの『007』のシリーズをジェフリー・ディーヴァーが書いたりと、ミステリーの世界では人気のある作品や傑作といわれる作品のシリーズを本家本元に代わって人気の作家が書くというのが流行っているのだろうか?
この本が書店に並んだのを見たときは『なぜ、今頃になってトレヴェニアンに関連した作品が出るのだろうか』と驚きだった。
トレヴェニアンの『シブミ』というスパイ小説は高校生か大学生の時分に、ハードカバーを図書館で借りたか友人に借りたかで読んだ覚えがある。
『シブミ』の粗筋や細かなことなどは忘れてしまったが、それでも翻訳もののスパイ小説としては忘れがたいタイトルと外国人が描いたにしては日本に関して破綻なく描かれていること、そして、何よりスパイ小説としてとてもよくできた作品だったことで、ずっと印象に残っている。

『サトリ』の背景は1950年代初頭、ベトナム戦争前夜の日本、中国、そしてベトナム。日本人の元で育った白系ロシアの主人公、ニコライ・ヘルは巣鴨プリズンで服役中、自由と引き換えに中国に潜入しソ連のKGB幹部を暗殺するというCIAの工作を引き受ける。
主人公は日本人の元で学んだ素手での暗殺術の達人であり、敵や味方を囲碁になぞらえて相手の出方を見極める。
舞台が中国からベトナムへ移動するあたりの国際的な政治状況の仕掛けや道具立ても十分だし大きな齟齬もない。
主人公をフランス人に仕立てるための美女とのラブロマンスもあるし、素手で相手を暗殺するというアクションもある。
文章は各章を構成する節がとても短いためスピード感もある。
こんな風にスパイ小説の王道をいくようなサービス満点の作品だが、しかし、なんか、もう一つ乗れない…。

よく言われることだが、外国人が描いた日本人的な部分で、やはり違和感を感じてしまうのである。
主人公の不可能とも思えるミッションを受け入れるあたりの悟りきったキャラクターと、フランス美女に執着するあたりのキャラクターは、ちょっと違うだろうとか、敵が近づいたときに主人公が感じる近接感覚の多用とか、暗殺の手法「裸-殺」とか…。
それでも、1950年代のベトナムや中国の情勢に関心をもつには、きっかけとなる一冊である。

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